2010年07月28日

あわじ暮らし、いかがですか?20〜Mさんご夫妻のあわじ暮らし〜

本格的な夏を迎えた淡路島。夏休みに入り、海でのレジャーを楽しみに淡路を訪れる人が多く見られます。
今回は海のすぐ側に住居を構え、淡路暮らしを楽しんでいらっしゃるMさん夫婦にお話を聞きました。

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お2人が淡路島に暮らし始めたのは約6年前。きっかけはMさん(77歳)の病気でした。
大阪生まれ大阪育ちというMさん、発病まではやはり大阪で輸送機の会社でエンジニアとして長年活躍して来られましたが、定年を迎える前に闘病生活に入ることになりました。

そんなMさんに寄り添ってきた奥様(69歳)は、夫の為に、とにかく空気のきれいなところに移り住みたい、と考え始めたといいます。移住先としてまず考えたのは、大阪での生活が長かったことから、近場の奈良、生駒山地でした。けれどもバリアフリーの観点からは坂道の多さが気になり、平地を、と考えたときに思い浮かんだのが淡路島でした。

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淡路でも何件かの家を見て回りましたが、現在お住まいの淡路市津名地区を選んだのは、神様のお導きだったとクリスチャンであるご夫妻は考えます。たまたま声をかけた女性が空き地を紹介してくれたことや、先に考えていた他の場所では後に水害が起きたことから、そう確信したのでした。

初めは淡路への移住を渋っていたMさんですが、いざ移住してみると、のんびり出来る環境が気に入り、元エンジニアのご自慢の腕を活かして大工仕事に精を出し始めました。なるほど、お手製のウッドデッキや花壇、バーベキュー窯などが家の周りのあちこちに見られます。取材に訪れた日にも、玄関で何やら作業をしていましたよ。現在も通院は必要とのことですが、趣味や特技に取り組めるのは淡路でのゆったりとした生活があってのことかも知れません。

「家の周りにはお花や果物の木がいっぱい!」
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一方で、英語や料理の勉強で島外へのお出かけも多い奥様。おしゃれでおしゃべり上手なところから、初めてお会いした時には勝手に「大阪のおばちゃん」と思い込んでしまったくらいです。よくよく聞いてみると出身はファッションの街・神戸だとか。長年自分の店でデザインや縫製をしていたということで、今でもお家の中のここそこにその経験が生かせれています。

かわいいケビン君が敷いているのは奥様手製のベッドカバー。ネクタイの生地が縫い付けられています。
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最近は淡路島内でも、中国語講座に通ったり、大阪でのボランティアの経験を活かして日本語サポーターの活動にも取り組んだりと、これからの活躍が期待されるイキイキ奥様です。

「奥様の旅の思い出は自作の絵画やお土産品に残されています」
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淡路島での暮らしについては、「鳥の声で目が覚めるのがうれしい!」とその自然環境を絶賛されます。
近所の人に野菜をもらったり、漁協で新鮮な魚を買ったりと、食べ物についても大満足。

唯一こぼしたお話は、淡路の人とのお付き合いのなかで感じた本音でしょう。「書かないほうがよいのでは?」とおっしゃるお2人ですが、私の使命感からあえて書かせていただきます。

まず、人の目を気にしたり、他人のうわさをしたりする人が多い点です。固定観念があって、価値観の違いを認めようとしないところがあるのでは、といいます。
いわれてみると、共感できる部分があります。「自分の人生なのに人に合わさなくてはいけないなんて・・・」という言葉にうなずいてしまいました。

今後、淡路暮らしを受け入れていくのなら、受け入れる側が広い心でいろんな人を歓迎しなくてはいけないのだ、と教えられた気がします。
「みんなが平和に楽しく暮らすのが一番だからね!」という奥さんの言葉、まったく同感です!

これからも淡路のよい空気のもと、お2人仲良くお元気に、楽しく平和な暮らしを続けてくださいね!                   by ぽんぽこ

    


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2010年07月12日

あわじ暮らし、いかがですか?19〜樂久登窯を訪問して〜

田植えが終わった淡路島にも今年は雨が多く降っています。そんな梅雨の合間を縫って、洲本市五色町鳥飼浦にある陶芸工房、樂久登窯を訪問しました。

県道から山道へと進むと、そこに広がるのは田舎の風景。緑に囲まれた明るく広々とした場所に樂久登窯を見つけることが出来ました。
ここは2004年、洲本市と旧津名郡五色町が合併した年に淡路へ移住された西村昌晃さん(31歳)の工房です。

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小学生の頃からもの作りが好きだったという西村さん。兵庫県丹波にある立杭焼きの窯元で6年間の修業を終え、独立。この淡路島にご自身の工房を持つ決心をしました。

五色町鳥飼は、西村さんのご先祖の家があった場所で、幼い時から何度もお母さんの実家へおばあちゃんを訪ねて来ていたそうです。そして2005年、おばあさんの家の向かいにある納屋を改造し、工房を構えました。幼い頃に自然の中で遊んだことや五色浜のきれいな海で泳いだ経験を持つ西村さんにとっては、この場所を選ぶのは当然のことだったのかも知れません。当時お元気だったおばあさんも孫息子の決断をさぞかし喜ばれたことでしょう。

淡路ののんびりした環境や、農業・漁業や瓦産業のある豊かな土地が好きだという西村さん。ご近所とのお付き合いについては、初めは戸惑いもあったといいますが、今では消防団活動や、祭礼団に入り地元のお祭りでも活躍している様子。なんとも頼もしいことです。
     
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原料の土は8割が淡路の土だという西村さん。


また、淡路島在住の芸術家仲間とのネットワークについても、そのつながりを大切にしつつ、自分の世界も大切にしているように見受けられます。「自然に逆らわず心地よく活動したい。」という言葉が印象的です。これはきっと自分に自信があってこそ言えることですね。お若いながらも職人としての厳しい経験や持ち前の心の深さが言わせるセリフなのでしょう。

取材前に見るべきだったかな、と思いながら実際は取材後に見せていただいた西村さんの陶芸作品。工房の向かい、数年前に亡くなったおばあさんのお家を改造して先月オープンしたギャラリーに、ずらりとセンス良く並べられています。お母さんとお姉さんが切り盛りする併設のカフェからつながる屋根裏部屋にも展示スペースがあり、ちょっとした冒険気分も味わえます。

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西村さんの作品はギャラリーの他、神戸大丸を初め関西一円で販売中。京阪神へのアクセスがよいのも淡路の魅力です。


素人が感想を書くのも失礼ですが、西村さんの陶器には、色目のせいか優しさを感じさせるものと厳しさを感じさせるものがあるように思えました。
お話を聞く前に見ていたらどんな感想になっていたか定かではありませんが、私が気に入ったのはカフェのランチでお茶をいただいた水色のカップ。優しさの色のカップです。
    
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おばあさんや、退職後応援に来られたお母さん、お姉さんからの優しさは、西村さんの作品を通して多くの人につながるような気がします。「つなげよう!」なんて力まなくても自然とそうなって行きそうですよ。自然体で応援しています!    by ぽんぽこ

ギャラリーやランチ予約など詳しくはこちら↓
http://rakutogama.com/


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2010年06月24日

あわじ暮らし、いかがですか?18〜えま&慧奏さんにインタビューしました♪〜

夏を迎えた淡路島。美しい山の木々の間を抜けて、少々迷いながらたどり着いた1軒のお家。周りは完全に緑に囲まれ、大自然そのもの・・・そして遠くに海が見えます。

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この素敵なお家の住人は淡路市在住のミュージシャン、えま&慧奏さんのお2人です。
着いてすぐご挨拶もそこそこに、お2人の温かく人なつこい笑顔に吸い込まれるようにお家の中にお邪魔しました。
そこには、やはりアーティストらしい空間・・・おしゃれなデザインの玄関やリビング、壁やフロアにさりげなく飾られた置物、そしてめずらしい楽器。一方で当たり前に、キッチンや小物など生活を感じさせるものも存在し、私の少々の緊張もすぐにほぐれました。
 
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ご存知の方も多いでしょうが、えま&慧奏さんは全国で公演、ライブ活動を繰り広げているプロのミュージシャンです。ピアノをはじめ、民族打楽器、カリンバ等を織りまぜ独自のスタイルで活躍する慧奏さん。個性的な歌声と、二胡などの弓奏楽器をあやつるえまさん。そのサウンドに魅せられたファンは淡路島でも数え切れません。

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数年前に参加させていただいたライブでは、お2人の音楽に心がス〜っと癒されたことを覚えています。もちろんそんな経験をしたのは私ひとりではないでしょう。「レインボウ・ヴォイス」と呼ばれる、えまさんの声を生で聞きながらのインタビューもめったにない貴重な機会です。


さて、お2人が出会い、一緒に活動を始めたのは今から15年前。慧奏さんは30年、えまさんは20年というキャリアをお持ちですが、お2人の出会いによって「えま&慧奏」の活動と前後してお2人一緒の生活も始まりました。

ご夫婦として子育てや家事をこなしながら、演奏活動でも全体の3分の2くらいは一緒だというお2人ですが、ケンカはしないのでしょうか?
「仲がいいんですよ!」と笑うえまさんの横には、やはり笑顔でコーヒーを入れる慧奏さん。「お菓子ないかなぁ?」なんていう2人の会話にも仲のよさが感じられます。

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そして何よりも親近感を持たずにいられないのは、お2人が淡路島に生活の基盤を置いているということです。
淡路への引越しは今から11年前。2人目の息子さんの出産を控えてのことでした。
えまさんのご親戚の紹介で東浦地区の古民家に移り住んだのですが、引越し早々にテレビや雑誌の取材が続き、おかげで近所の人たちとのコミュニケーションが取りやすくなったといいます。もしかしたら、それまでは「あの人らはどんな人なんや?」と淡路特有の警戒心を持って見られていたのかも知れませんが、お2人の人柄をわかってもらえば、後はお付き合いもスムーズになったこと間違いなしです。


それから5年後、同じ地区にスタジオを備えた現在の家に移り住みました。海が見えるという利点も加わり、ますます田舎生活も充実したようです。
「ほっと出来る環境」と喜ぶ慧奏さん、釣りや野菜作りを楽しみつつ、草刈りも怠りません。
「私は採集民族なんです。」と言うえまさんの方は、タラの芽やタケノコなど、もっぱら自然の恵みを楽しみにしているようです。

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また淡路島での田舎暮らしについて「周りの干渉が強くなく、ものづくりには最適の場所」と評価されます。豊かな土壌を生かして、文化や芸術を産み発展させる可能性のある場所であると・・・。

年間70日はライブ旅行に出かけるえま&慧奏さんですが、淡路から京阪神へのアクセスについてもお2人とも口を揃えて便利といいます。小学6年生の二男さんを、近所に暮らすえまさんのお母さんに預けられるのも仕事に専念できる要因ですね。

一方、家を離れ三重県の農業学校に通う長男さんも音楽の才能を引き継いだようで、勉強のかたわらベースの特訓中。先日淡路島でのライブに特別出演されたとかで、今後も親子コラボが楽しみですね!


最後に淡路島への移住を考えている方へのアドバイスをいただきました。
「就職先がないとよく聞くけど、仕事を自分でつくるくらいの気持ちを持ったほうがいい。」「何をするにしても、既存のものを持ち込むだけではなく、淡路島のよさを活かしたオリジナルなものを!」


「いのちの饗宴in淡路島」でのコンサートを終えて笑顔のお二人
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アートの島をめざす淡路島。えま&慧奏さんは淡路島にはなくてはならない存在です。これからも素敵なサウンドで私たちを癒してくださいね♪       by ぽんぽこ

えま&慧奏 公式サイト
http://www.yurai-works.com/

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2010年06月08日

あわじ暮らし、いかがですか?17〜「さくら」の西谷真子さんにインタビュー〜

季節は春から夏へ。淡路島でも本格的な田植えの時期を迎えました五月半ば、洲本市五色町鳥飼にある「デイサービス・訪問介護さくら」を訪問しました。さくらは神戸市で生まれ育った西谷真子さん(39歳)が平成19年4月にオープンし、運営している介護施設です。

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さくらに到着してすぐ「明るくおしゃれであって、なお落ち着きのある場所」という印象を受けました。やってくる高齢者の方が明るい気分になるのが想像できます。

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気分が明るくなる玄関受付
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出迎えてくれた若々しくて素敵な笑顔の西谷さんは、20歳の頃からずっと介護の仕事に携わってきたプロの介護士さんであり、このさくらの代表でもあります。 

長年大きな介護施設で働いていましたが、ある頃から介護に対する思いや、やりたい介護について考えるようになりました。自分の納得の行く介護をしたい、大きな施設では理想的な介護をするには限界があると感じ、独立を考え始めたのです。

しかし、独立し自分で一から全てをスタートさせるのには、介護の知識や経験とは別に、設立や運営に関する知識や能力、そして何よりも勇気がずいぶん必要だったのではないでしょうか。開業に向けてたくさんの人に話を聞き、勉強し、準備に奮闘した西谷さん。その姿を想像するだけでも感心、頭が下がる思いです。

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それにしても、そのスタートの地がなぜ淡路だったのでしょう?
海が好きだから・・・淡路島へは小さい頃からよく海水浴に来ていたんですと、西谷さんが笑います。淡路島に住み始めて、今まで苦手だった魚が好きになったとも。きっと淡路の海が西谷さんを引き寄せたのですね。
利用者に楽しんでもらえる工夫がたくさん
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自分の施設を置く場所として、淡路島で一番高齢者の多い洲本市五色町を選んだのも納得がいきます。

ところで、西谷さん、お子さんは?「二人の息子たちは、親よりも友達を選んだんです。」ということで、息子さんたちは実家のおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしていて、夏休みなどにやって来るそうです。西谷さん自身も休みの日には神戸へ帰るという生活で、気分転換にもなるのでしょうね。
さくらのアイドル。癒されます!
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さくらのオープンからこの夏で4年目。初めは利用者も少なく資金面でのご苦労もあったということですが、地域の人々とのお付き合いや、無料体験、ケアマネージャーさんからの紹介などで、徐々に利用者さんが増えたといいます。デイサービスの利用対象者は洲本市内から徐々に範囲を広げつつあり、訪問介護にいたってはすでに範囲を淡路全島へと広げています。
また、高齢者の身の回りのお世話や介護保険対象外のサポートとして、暮らしの便利屋さん事業も展開中。高齢者に寄り添う心の優しい西谷さんだからこそ出来ることですね。

都会に比べると、淡路島では出かけることを好まず家にこもりがちな高齢者が多いといわれますが、もっと多くの人に楽しく人と接する機会を持って欲しいと西谷さんはいいます。
デイサービスに来られるお年寄りが、「来てよかった。」「一日よく笑った。」と笑顔で帰っていく姿に支えられながら、今日もお仕事に励んでいます。おいしい魚を食べてこれからも元気にがんばってくださいね!
by ぽんぽこ


デイサービス・訪問介護 さくら 0799‐34‐1185
暮らしの便利屋さん えぷろん  0799−34‐1190
洲本市五色町鳥飼浦1777‐1  http://www.sakura-kaigo.jp/

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2010年04月26日

あわじ暮らし、いかがですか?16〜「おかげ庵」を紹介します♪〜

まずは見てください。言葉には出来ないすばらしさ、美しさ、まさに感動ものです。
ここは榎本靖子さん(72歳)が12年もの時間をかけ、情熱を注ぎ込んで出来上がった空間、「おかげ庵」です。

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洲本市五色町鮎原に、室町時代に構築されたという稲田組白巣城があります。そのお城に仕えた家老のお屋敷をみごとに再建し、出来たのがこの「おかげ庵」です。国の登録有形文化財の認定をうけ、文化拠点として活用し、地域の活性化に取り組んでいるのが榎本さんです。

榎本さんとこの家の出会いは平成10年12月のこと。不動産屋さんの紹介で初めてこの地を訪れた時には、長年人が住んでいないこの家は傾き、荒れ放題。今のような姿によみがえることなど、誰にも想像できなったでしょう・・・ただ一人、榎本さんを除いては。

由緒あるこの家が解体されてしまうことに抵抗を感じた榎本さん。「自らの手でこの家を蘇らせたいと心から思った、使命感さえ感じた。」と当時を振り返ります。

そして出会いからわずか2週間でこの家を手に入れることになりましたが、周りからの反対は必至でした。そんな古い家をどうするつもり?きっと多くの人が驚き、あきれたことでしょう。
それでも榎本さんは熱い思いで夢に向かって計画を進めます。

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元々神戸にお住まいで、現在も行き来を続ける榎本さん。化粧品会社を経営されてきたというのを聞いて納得。そのお肌は、榎本さんの気力・体力と同じくらい若々しく、あふれるエネルギーと強い意思、そして温かいやさしさを感じさせます。

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「近所の人にも優しくしてもらっています。友愛の心を持って付き合いたい。」

また、ご主人は外国航路の船長だったとお聞きして、家中のさまざまな装飾品の由来が理解できました。主にインドネシアのジャワ島から仕入れられた家具や調度品は、どれもこれも上品で趣があります。それでいてそれぞれが日本のこの古い家に驚くほど調和しています。どこを見ても、榎本さんのセンスの良さに感心、ため息が出るほどです。

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榎本さんは、現在兵庫県の多自然居住交流拠点整備支援事業申請を検討中で、この家を拠点として若い人達の活動をサポートして行きたいと考えています。まずはこの春にカフェをオープンし地元の人に親しんでもらいながら、鍼灸師や経済学者を迎えてのセミナーなども開催していく予定です。週末には若いお孫さんも加わりにぎやかになりそうですね。

さらに、宿泊受け入れも徐々に計画していくとのこと。棚田の風景、野菜や魚・肉…淡路島の恵まれた自然や食材を活かし、都会の人が訪れ心癒され満足してくれることを願っているという榎本さん。長年の夢はどんどん現実になりつつあります。

いつも前を見つめて進んできた榎本さん。見習いたいことはたくさんですが、まずはカフェのオープンを心待ちにしています。またお話を聞かせてくださいね。

by ぽんぽこ
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2010年04月15日

あわじ暮らし、いかがですか?15〜久我ファミリーのあわじ暮らし〜

新学期が始まりました。入学・進学・就職とおめでたいことの多い季節。こちらのブログでも、おめでたい話題で画面を飾りましょう♪

今回ご紹介するのは、久我さんご一家。新婚ホヤホヤ、長女のジャズミンさん(25歳)にお話しをお聞きしました。

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「淡路島はのんびりできていいね」と流暢な日本語で話す久我さん。(後ろ右)
「アワジ、チョットイナカ、デモスキネ!」と奥さんのソフィアさん。(後ろ左)


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「久我」という苗字、「ジャズミン」というお名前・・・はて?とお考えの方もいらっしゃるでしょう。実はこのご家族の出身は、日本から遠くはなれた南米ペルーなのです。

どういうこと?と思われましたか?

それとも、その昔日本から海外の様々な国へ移住して行った祖先を持つ「日系人」の存在をご存知でしょうか?
お父さんの久我アレキサンデルさん(以下久我さん)もその1人。久我さん(53歳)のおじいさんもその昔、新しい生活を求めてはるばるペルーの地へと旅立ったのでした。

それから時が流れ時代が変わり、久我さんが生まれ育ったペルーでは経済状態がずいぶんと悪くなりました。久我さんは高校の教員や大学のカウンセラーとして働いていたにもかかわらず、暮らしていくのが厳しくなってきたのが1990年代。

その頃、日系人なら日本で定住ビザが取れ、働けるということを知ります。先に日本で暮らし始めたお兄さんを頼って家族を残し、まずは日本の様子を見に来ました。愛知県で自動車関連の工場での職が見つかりビザを取ることもできることがわかりました。

家族と相談し、まずは久我さんが来日。その後、夫を訪問したソフィアさんも日本で働くことを決め、改めて来日。残された3人の子ども達、ジャズミンさんたちはその1年後に日本の両親に迎えられることとなりました。

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「淡路1速い少年」と呼ばれたサンちゃん。(右)
ジャズミンさんは写真店勤務の傍らエステの研究も。


当時ジャズミンさんは11歳、妹のデニッセさんは9歳。6歳だった弟のアレキサンデルさん(ペルーではよくあることですが、お父さんと同じ名前です。以下サンちゃん)はお母さんが出ていく日、追いかけようと2階の窓から飛び降りたといいます。親戚の家でお世話になりながら、きょうだいの面倒を見てきたジャズミンさんは、自分の結婚披露宴で当時の不安な気持ちを振り返り、列席者の涙を誘いました。
                                                               
お母さんの来日から1年後、おばさんに連れられて3人のきょうだいも日本へやって来ることができました。数年ぶりの父母との再会は、3人にとってどれほど嬉しいことだったことでしょう。想像するだけでもウルウルしそうです。

それから始まった愛知での5人そろっての生活が3年ほど続いたとき、久我さんのもとに淡路島での仕事の情報が入りました。
自然や田舎が好きだった久我さんは、家族と淡路島へ移住することを決めました。

1999年夏、久我ファミリーのあわじ暮らしのスタートです。

久我さん夫妻は淡路瓦の工場で働き、ジャズミンさんとデニッセさんは地元中学校、サンちゃんは小学校に通い始めました。

3人の子どもは愛知での通学も経験していて日本語もわかるようになっていたものの、学習面で苦労することは多かったようです。友達や先生にも恵まれましたが、高校進学を控えたジャズミンさんにとっては将来が見えず不安や悩みの多い時期でした。

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それでも努力し公立高校に通うことができたジャズミンさん。そこでは一生の友達もできました。披露宴での友達からの祝辞や友達へのお礼の言葉・・・そこには国籍の違いなどものともしない深い友情が示されていました。

久我さんにとってはおととし夏のデニッセさんの結婚に続いて2回目の「花嫁の父」。ソフィアさんの和服姿もしっかり馴染んでいます。

まったくのペルー人であるソフィアさん。時にペルーを想い、ホームシックになるのではと心配しますが、去年半年間5歳の末っ子ケンジ君を連れて里帰りできたことを喜んでいます。

娘さんは2人とも淡路で暮らし、長男サンちゃんは大学陸上部で大活躍中、ケンちゃんもピカピカの1年生。ソフィアさんも淡路に腰を据え、日本語学習をがんばっています。

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会社勤務の傍らネールアートを研究中のデニッセさんと
日本語スペイン語バイリンガルのケンジくん。


明るく陽気、そして温かい久我さん一家を見ていると、家族の絆の深さをとても感じます。
それは離れて暮らした時期があるからこそでしょうか、それともラテン特有のもの?もしかしたら現代の日本人が忘れかけている「日本の心・家族愛」が引き継がれているからかも知れませんね。

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*一家と私のお付き合いももう10年。その間の4人の子ども達の成長は目覚しいものがあります。これからも「お姉さん」をよろしくね♪
by ぽんぽこ


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2010年03月29日

あわじ暮らし、いかがですか?14〜Nさんのお話から〜

淡路島のあちこちで色とりどりの花達が「春ですよ〜!」と手を振っています。そんな先週のある日、山桜に迎えらながら、南あわじ市潮見台をめざしました。
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今回うかがったのは、旧南淡町の山の手にある新興住宅地、潮見台にお住まいのNさん宅。
現在76歳のNさんは、淡路島に住んで17年になります。その間にご主人を病気で亡くされ、現在は独り住まいをされています。
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長年連れ添った伴侶を見送り、どんな生活をされているのか、寂しい思いをしているのではと考えながらの訪問でした。反面、人間いつかはそんな時期を迎えることもあるのだからと、しっかりとお話を聞く覚悟でもありました。
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いざ、ドアのベルを鳴らしてみると、元気そうな明るい笑顔でNさんが迎えてくれました。「取材って、私なんかでいいのかしら」としり込みながらも、ご主人との思い出話を始めてくれました。

Nさんご夫妻はともに宮崎の出身で、長年宮崎で生活してきました。淡路島に移り住むことになったのは、淡路島で柔整師として働き始めたご長男のたっての願いからでした。
「とても忙しいから、家の掃除に来て欲しい。」

それなら、と退職後のご主人と2人で息子の家を訪問したが最後、そのまま住み着くことになったそうです。「1週間の予定で遊びに来たつもりだったのに・・・」と笑うNさん。よほどお掃除が大変だったのでしょうか?それとも淡路島が気に入ったのでしょうか・・・?

淡路に移り住んで初めの2ヶ月はずっとご夫婦で淡路島の各地をくまなく訪問したといいます。海では釣りができる、山にはミカン、田畑では米、次は玉ネギ、そしてレタスと三毛作が行われていることに感激したと振り返ります。

そして、ここに住むと決めたご主人はとうとう地元で再就職。それまでに手に入れてきた10数種の特殊免許と腕を活かし、大手建設会社で3年間働き、淡路島でも自分の好きな仕事に励んだといいます。

そんな、Nさんのご自慢のご主人は、仕事だけでなくボランティ活動にも熱心だったといいます。道の掃除、近くの老人施設や幼稚園での草引きから始まった取り組みは、後に町内の老人会の設立にまで発展しました。普段、家でテレビを見るばかりのお年寄りに声をかけ、熱心に話をし続けてきての成果。もちろんお会いすることはできませんでしたが、その心の広さ、温かさはNさんを通して感じることができます。そしてNさんからもまたそんな温かさを感じます。

そのようにご主人と共に活動してきたNさんですが、一方では、ご主人が働き始めた頃からちぎり絵、そして刺繍、水墨画と趣味を増やし、友達もずいぶん増えたと喜んでいます。Nさんの気さくさが友達を増やす要素だったのでしょうね。
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4年前にご主人が亡くなってからも、家にこもることなく、趣味と、シルバーカーやタクシーでのお出かけを楽しんでいるご様子です。
独りになったけど、友達がたくさんいて寂しいことはない、Nさんはいいます。
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当初同居していた長男さんは、現在淡路島外で活躍中ですが、代わりに今は弟さんが淡路島内に住んでいます。また、宮崎に住む2人の娘さんもNさんに会いによくやって来るとのこと。確かに寂しがっている間はありませんね。
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初めて来た頃は、魚屋さんの言葉遣いが怖くて買い物できなかったというNさん。今ではすっかり慣れて負けずに大口をたたくとか。
「慣れれば、淡路は気持ちのいいところ。人も気持ちのいい人ばかり・・・これからもずっと淡路!」
Nさんの言葉を聞いて、ベルを鳴らす前の心配が払拭されました。
これからもお元気で、ずっと淡路にいてくださいね!   
by ぽんぽこ


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2010年03月13日

あわじ暮らし、いかがですか?13〜塩道波美恵さんの仕事場を訪問して〜

春のぽかぽか陽気の中、畑仕事に精を出すおじいちゃん、おばちゃんの姿をよく見かけます。ともに腰の曲がるまで、というところでしょうか。これも淡路の名物(?)なんともほのぼのとした風景です。

けれども、淡路島では少子高齢化が進みつつあるのもまた事実であり、問題となっています。とりわけ農業人口の減少は、御食国(みけつくに)淡路にとっては深刻な問題といえます。

そんな淡路に住んで10余年、淡路島大好き・農業大好きな塩道波美恵さん(29才)にお話を聞きました。
塩道さんは高校入学を機に淡路島に暮らし始めました。もともと植物や自然が好きだったことから、花屋さんや植物館の仕事をしていました。

転機が訪れたのは1年半前。派遣会社「パソナ」の就農者募集でした。200人の応募者の中から選ばれた6人のうちの1人が言うまでもなく塩道さんです。
これは「パソナ」の新しい取り組みで、最長3年まで契約社員として給料を得ながら農業研修や研究、実際の耕作・栽培を行うものです。

淡路市北淡地域にあるパソナの農場には、塩道さんやお仲間、計6人の畑が広がります。もともと国のパイロットファームとして開墾された土地の1部とあって、その畑の広さは2ヘクタール、20反とのこと。夢とともに広がる大きな広さです。

畑の入り口にはかわいいネームプレート。塩道さんの若さとセンスを感じます。
農園の名前は「TAVEGE」♪
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一歩入ると、並んでいるのは何やら珍しい野菜。キャベツとカブの交配種「コールラビー」
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日本では手に入りにくい「アーティチョーク」など
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これも若い農業者、ヤングファーマーならではの取り組みのように感じます。

また、2つのハウスの中では、新種のアスパラガスの茎がひょろ高く伸びて並んでいます。足元にはビニールではなく竹を砕いて作られたマルチ。肥料には珍しい馬糞が使われています。
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「竹のマルチは人からもらったもの。馬糞も近くの乗馬クラブから調達しています。」と塩道さん。いろんな人の支援や協力を大切にしているのでしょうね。その姿はスラリと美しく、馬糞集めというよりも、馬に乗って映画に出てもおかしくない美しいお嬢さん。
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でも、女優さんではなく、農業者になろうと決めたことに家族も喜んでくれているとか。同じ淡路に住む私たちも喜んでいますよ!

塩道さんのファンは私たちだけではありません。同じ「パソナ」の仲間はもちろん、野菜ソムリエとして活動するお友達の長野迅美さん、そして直売所のお客さん。「コーナン」東浦店には塩道さんの名前つきの作物が並んでいるとのことで、のぞいてみたくなりました。

他にも週に3日「パソナ」の職員向けに野菜セットの宅配をしているとのこと。この事業がうまく全国に広がれば、研修を終えた独立後も生産者として活躍できるのではとの希望が膨らみます。

さて、ハウスのアスパラは定植後3年目から収穫ができ、約10年収穫し続けることができるのですが、塩道さんは独自の肥料を通常の3倍投入することで、半年〜1年で収穫できるようにしたということです。研修を終えた頃に、アスパラはどうなっているのでしょう?

ハウス栽培の温度管理のみならず、除草など数々のご苦労も多いことでしょうが、塩道さんは、それもいい経験だと笑顔でさらりといいます。
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「パソナ」の仲間、森靖一さん(左)、小林大すけさん。お2人にも今後取材予定です!
「月に1回くらいは橋を渡って街に行くけど、やはり淡路が好き。日々好きになっていく。」
大好きな農業を大好きな淡路島でできること、塩道さんにとっては本当の喜びのようです。

しつこいけど、私も喜んでますよ〜。応援してますよ〜。
by ぽんぽこ


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2010年03月05日

あわじ暮らし、いかがですか?12〜大崎さんご夫妻を訪問して〜

淡路島はもう春!あちこちに色とりどりの花が咲き、鳥のさえずりが聞こえてきました。
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淡路島南部に広がる三原平野。菜の花畑をすり抜けて、大崎さんのお宅にたどり着いたのは、そんなある晴れた日。

トラクターの上で手を振り迎えてくださった大崎さん。はて、この道数十年の農家さん?と思ってしまうくらい、立派な農家の方に見えますが、実際のところはどうなのでしょう・・・

大崎直也さん(48才)・由美子さん(39才)ご夫妻が淡路島に移り住んだのは、今から4年前。農業を経営したいという直也さんの思いからでした。
それまでは企業で営業マンとしてよい成績をあげてきた直也さんですが、転勤先の福島や埼玉での田舎暮らしや家庭菜園の経験から、農業がすっかり気に入りました。そして大好きな農業を仕事にしたいと考えたのです。

43才のときに安定したサラリーマンの職を手放し、1年間大学で農業を学び、移住の計画を始めました。最初に参加した「農人フェア」では新潟や高知など農業支援をしてくれるところを紹介されました。後に「兵庫県農業会議」で紹介されたのが、淡路で有機農法に取組む農家Mさんでした。その出会いが大崎さんたちの淡路暮らしのきっかけとなりました。

Mさんの紹介で南あわじ市農林振興課や農業委員会とつながり、運よく農地や古民家まで借りることが出来ました。この幸運は大崎さんがおっしゃる通り、淡路の人の温かさやつながりがあってこそのことでしょうが、大崎さんの農業への熱い思いが伝わったのもまた大きな要因だったはずです。
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その後も農業改良普及センターや農協に足を運び、指導やアドバイスをもらいながら、ご自分でも熱心に勉強を続けました。そしてH18年2月に引っ越し、大崎さん一家のあわじ暮らしが始まりまったのです。
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とはいえ、何もかもがうまくいくとは限らないのが農業でしょうか。4〜5年も放置されていた農地の耕作は困難を極めました。試行錯誤を繰り返しながら、マルチを使って除草剤なしの野菜作り。トラクターなどの農機具や資材の購入で、1年目は全くの無収入だった、と振り返ります。
中古でも高価なトラクター。初期投資も大変でした。
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「親戚に野菜を送って、お肉を送ってもらえるように頼んでいました。」と笑う由美子さん。この小柄で可愛い人が「農家の奥さん」?と疑いたくなるくらいですが、当初計画していたパート務めもあきらめ、直也さんと農業に携わろうと決心したのは、大正解でしたね。2人力を合わせ、2年目からは直也さん曰く「人並みなものができるようになった」とか。
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それどころではありません!今では、大崎さんが作るレタスの95パーセントが秀品として出荷され、その多くは農協を通して全国各地の「イズミヤ」に生産者、大崎さんの名前付きで販売されています。まさに消費者と「顔の見える関係」になっているのですね。

せっかく作るのだから、もっとおいしいものを、もっと良いものを・・・そんな大崎さんの思いがたっぷり詰まったレタス。お土産にいただいたレタスのおいしかったこと!緑の色も濃く、日持ちもして、ファンが多いのにも納得です。
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その秘密のひとつは、化学肥料に頼らす鶏糞などの肥料を使っていることがあるようですが、他にもいろいろな工夫や努力があることでしょう。
全くの白紙からのスタートだったので、とにかく勉強することが多かった、とおっしゃる直也さん。兵庫県知事からは「エコファーマー」に認定を受け、普及センターからも作物に対して「特別栽培農産物」としての認定も受けています。

なんとも頼もしいお話で、これからの活躍も楽しみです。
さて、イズミヤに行った時には「大崎さんレタス」を探さなくっちゃ〜!
by ぽんぽこ


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2010年02月24日

あわじ暮らし、いかがですか?11〜A&K HSTI骨格調整 岡林さんを訪ねて〜

国生みの島として知られる淡路島。島の北部に位置する伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)には伊弉諾命・伊弉冊命(いざなぎのみこと・いざなみのみこと)が祀られているといわれます。良縁を求めての参拝者も多いのではないでしょうか。

さて、今回お話をうかがったのは、そんな淡路島で出会って結婚、現在南あわじ市山添にお住まいのお2人、岡林保憲さん&秀子(しゅうこ)さんご夫妻です。
淡路の人は恵まれすぎてそのよさに気づいていない人が多い。移住を考えている人は急がないと「ノアの箱舟」は満員になるよ〜!と保憲さん。
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高知出身の保憲さんはHearing Artist。身体に悩みを持つ人の骨格を調整することにより心身ともに癒していくという整体のお仕事をされています。「ヒトのからだは、もともと自然の作り出した完璧な構造と機能を持っています。骨格の歪みを根本的にさぐって、正常な状態に戻す、それがHSTiの原因療法です。」と案内文に書かれています。

文章で書くと難しいような気もしますが、実際に治療を受けた私に言わせれば、「癒しの達人in淡路」といったところでしょうか?というのも治療はもちろんのこと、その間のお話が実に面白い。骨格や身体のしくみはもちろんのこと、科学ネタあり歴史あり、幅広いお話を楽しく話してくれます。そしてお話上手と同時に聞き上手。患者さんに寄り添う姿勢が感じられます。
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親戚や友達もいない淡路へは、初めは電機メーカーのサラリーマンとしてやって来た保憲さんですが、病気を機に仕事と平行して勉強し始めたことが現在の仕事につながっています。   

ただし、すべてが順調だったわけではありません。昨年新しく現在の場所に自宅を兼ねた調整所を建てるまでは様々なご苦労があったことがうかがえます。建築についても、自分の要望やイメージについて設計士さんとしっかり話し合い、現場を人任せにせず目を光らせてきたからこそ、満足なものが出来たのでしょう。おしゃれな明るいイメージで、癒しをうながす工夫があちこちに感じられます。
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今の生活について、とても幸せとおっしゃる岡林さんご夫妻。ご自分たちの経験や努力の賜物ではないかと思いますが、淡路の人々にもずいぶん助けられながらやってきたといいます。患者さんの中には、保憲さんや秀子さんを我が子のように、孫のようにかわいがってくれる人もいるとか。気さくで誰とでも仲良くなれる素質をもったお2人だからこそ、地元の人に愛されてきたのではないでしょうか。
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保憲さんに負けず劣らすお話好きで熱い想いをお持ちの秀子さんは、姫路生まれ。普段は看護師として勤務される一方で、A&K専属講師としてヒーリング教室やアクセサリー教室などを開催しています。また志のある女性のために外部講師を招いてのカウンセリングや各種セラピーを始めとする勉強会やお茶会などを開催し、情報発信の場を提供しています。
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お2人とも共通して、自分たちの住むこの場所がただの「骨格調整所」ではなく、人が集まり一緒に楽しめるハッピーな場所にしたいといいます。そしてただ楽しむだけでなく、その中から何かを学ぶきっかけをつかんでもらいたいと語ってくれました。その穏やかな笑顔は「いざなぎ・いざなみ」の笑顔をも思わせるものでした。

骨格調整の施術のみならす、お2人とお会いしてお話を聞くだけで私のほうも癒され元気をもらったような気がします。人に対して自分たちが何かをするのではなく「人間が本来持っているもの」を引き出すのだ、というお2人の言葉が印象的でした。
by ぽんぽこ


A&K HSTI骨格調整のHP → 本


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2010年02月02日

あわじ暮らし、いかがですか?10〜 Hさんご夫妻を訪問〜

淡路市の尾崎地域といえば、海あり山あり、海苔や魚の海産物やトマトを始めとする農作物でも有名です。そして近くの「パルシェ香りの館」「パルシェ香りの湯」は観光スポットとして、また地元の温泉ファンの間で人気を集めている施設です。
その辺りをちょろちょろ運転していて見かけたことのあるステキなお家。そこが偶然にも今回取材させていただくことになった、Hさんご夫妻のお宅でした。
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約3年前、Hさんたちが淡路の不動産屋さんを通じて紹介されたリ業者さんと訪れたその場所は、放置された耕作地で完全な密林になっていたそうです。
初めてHさんの奥様T子さんにお会いしたのは2ヶ月前。田舎暮らしの取材をかれこれ半年こなしてきた私の目に狂いはありませんでした。
「もしかしてどこか街から淡路へ越して来られたのですか?」
いきなりの質問に、「なんでわかるの?2年半前に来たのよ!」と明るい笑顔で答えてくれたT子さん。わかりますとも!明るくて、楽しい大阪のおばちゃんオーラがバンバン出てます!

魅力的なこの人にどうしてもお話が聞きたい!と、取材を申し込んだところ、「それなら、まずはお茶飲みに来て!遊びに来て!」と温かいお返事。いつも眺めるだけだったステキなお家を目指すことになりました。

お家に着いて改めて周りを見回すと、景色もよく空気もさわやかで本当に「自然に囲まれた住まい」という感じがします。

出迎えてくださった長身でハンサムなご主人が、「海が見える場所に住みたかった。」とおっしゃる通り、ダイニングの大きな窓からは西浦の海が見えます。
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「ご近所の家はみんな西側には窓をつけてないから珍しがられるの。」と奥様。
確かに、冬の西浦の寒さは有名ですが、このお宅には別の温かさが充満しています。
お家のあちこちに手作り作品やご家族の写真が飾られています。

お菓子作りがお上手との噂どおり、T子さんがおいしそうな手作りケーキを切ってくれている間に、お主人がコーヒーを淹れてくれました。「ケーキを焼いても2人で食べきれないから、ご近所の人にも食べてもらったりするの。」
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うまい具合に、話題がご近所付き合いの話になりました。気になっていた部分です。淡路の人は街から来た人を「よそもの」扱いしませんか?という意地悪な質問をするまでもなく、逆にお2人が住むこのお家が、地域の農家のおじいちゃんやおばあちゃんの憩いの場になっていることに気がつきました。
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取材中にもご近所の人が立ち寄ったようですが、私のせいで追い返されたのでは・・・と心配。「みなさん、いつでも気軽に立ち寄ってくれるんです。都会のマンションにいた頃のように電話での約束なんて、ここでは無いですね。」と笑うお2人です。

実にほほえましいお話ですが、それはきっとお2人の心がけやお人柄のおかげだと感じます。引越しが好きなHさんご夫妻はこれまでもそれぞれの地域でボランティア活動に参加してきました。それぞれの場所での暮らしを楽しみ、友達を増やしながら、地域に溶け込む素質をお持ちのようです。
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淡路でもお2人共通の趣味であるダンスのレッスンの合間に、地域高齢者交流サロンでのボランティアにも通っています。これからもますます交友関係が広まりそうですね!

淡路暮らしを考える人には、本を読んだり、リサーチして行き先を決めるのではなく、感性で決めることをお勧めするというHさん。そして自分から壁を作らずその地域の人々の慣習や考え方を尊重し、楽しむことが大切だとも。
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このようにリラックスした生活を楽しんでいるご夫妻。家の周りではもっぱら花やお庭の手入れを楽しんでいるようですが、近所の人からもらったり、安価で求めた野菜をよく食べているといいます。これからも元気いっぱい、お2人仲良く淡路暮らしを楽しんでくださいね!

今度はケーキ作りを習いに行きますね♪
by ぽんぽこ


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2010年01月18日

あわじ暮らしいかがですか?9〜真愛インターナショナルプレスクールを訪問して〜

今回は新年特別企画、海外からの移住カップルを紹介します。
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訪問先は洲本市金屋に一昨年開園した保育園、真愛(しんあい)インターナショナルプレスクール。運営に携わるジム&ダーラ・スナイプさんにお話を聞きました。
お2人は洲本キリスト教会の牧師でもあります。そしてお2人が、淡路島のこの地へやって来たのも、すべては神様のお導きだといいます。
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さて、そのお話を少し紐解いていきましょう。
お2人はカナダのアルバータ出身です。所属するグッド・サマリタン・チャーチのプログラムで初めて日本に来たのが23年前。そして1987年の2度目の訪日時に神の声を聞き、宣教師になる決心をしました。それから3度の訪日を経験した後、1989年に川西市の教会で宣教師としての生活を始めました。
それから10年後の1999年、再び神からの声に従い、淡路島に教会を開くことになります。洲本市山手で、建物を借りて初めて教会を開いたときにも、運良く理想的な場所を見つけることが出来たといいますが、お2人に届いた神様からの使命はそれだけに留まりませんでした。
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現在の洲本チャペルとプレスクールの場所との出会いもまた信じがたいエピソードを持ちます。2006年に「教会を建て、保育園を開きなさい」という神様の声を聞いた数日後、ダーラさんは子どもたちと遊ぶ夢を見たといいます。そして2ヵ月後に夢で見た景色とそっくりな土地に出会うことに・・・そこから洲本チャペルの開堂と真愛インターナショナルプレスクール開園に向けて2人の仕事が始まったのです。
「英語が好きになって欲しい。」とダーラさん。
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教会の信者さんなど多くの人の協力を得て、2008年3月に教会と保育園が完成しました。神様が淡路で一番の場所を自分たちに与えてくださっと、お2人は満足しています。
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現在プレスクールに毎日通う子どもの数は4人、週に1回の母子クラスにも3〜4人。ダーラさんの英語の呼びかけに子どもたちは目を丸くして一生懸命に答えます。「子どもと遊んでいるときが一番楽しい。」とダーラさん。
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また、淡路での暮らしについては、「海に近いのがとても嬉しくて、山手にいたときには毎日のように浜辺を散歩していた。」と元気いっぱいのジムさん。小さな農園管理も楽しそうです。
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海からは離れたけれど、新しい金屋のチャペルからの北に向かっての景色を「きれいな平野が広がっていて大好き!」と、日本語ペラペラのダーラさんもチャーミングな笑顔で言います。
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カナダでは、約1.5平方kmもの土地を所有していたというお2人。世界で2番目に大きな国カナダから、日本のこれまた小さな淡路島へ移り住み、とても充実した暮らしをされている姿はとても喜ばしいものです。
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真愛インターナショナルプレスクールのHP → 本

明るい雰囲気のかわいいプレスクール・・・我が子を通わせるには遅すぎたので、孫を通わせたいとちょっと考えてみました。でもそれは一体いつのことやら!?       
by ぽんぽこ


How do you like living in Awaji ? Vol.9〜Shin-Ai International Preschool〜
As a special edition for the New Year, I will introduce a Canadian couple who have moved to Awaji.
I visited Shin Ai International Preschool, a brand-new school opened in Kanaya, Sumoto-city in 2008. I interviewed its owners, Jim & Darla Snipe.
 They are also pastors of Sumoto Chapel. The reason they came to Awaji was through the guidance of God.
 Let me explain about the story now.
Jim and Darla are from Alberta, Canada. They came to Japan for the first time over 23 years ago with the Full Gospel Business Men’s Fellowship International (FGBMFI), a Christian men’s fellowship. During their second trip to Japan in January of 1987, God called them to be full time missionaries in Japan. They made three more trips to Japan with FGBMFI before finally moving to Japan in July of 1989. In September of 1989, they became missionaries at the Good Samaritan Church in Kawanishi, Japan.
  After serving as missionaries at the church for almost 10 years God called Jim and Darla to start a church in a rented building in Yamate, Sumoto-city in April 1999. On December 1, 2006, God called them to build a church and start a preschool. A few days later God showed Darla the land they were to build the church on in a dream. On Feb. 2, 2007, Jim and Darla found the land Darla saw in a dream two months earlier. Amazingly, the new church and preschool building is now on the very same land Darla saw in her dream. .
Thanks to the prayers and help of many people the church and preschool building was completed in March of 2008. Jim and Darla believe that God has given them the best place on Awaji Island for their church and preschool.
There are now four children attending classes every day in Shin Ai Preschool. Another 3-4 children come once per week on Mondays with their mothers.
The children all enjoy playing with Darla and learning from her. They try to speak in English. “I love playing with little ones. I hope they’ll enjoy speaking English,” she says.
On the other hand, about living in Awaji Jim says, “I love the ocean. We used to walk almost every day along the seashore when we lived in Yamate.” He told me he enjoys teaching the children to grow vegetables. Jim also looks after many fruit trees on the church and school land. No wonder he is in good shape!
Darla says in her fluent Japanese with a charming smile, "I love the beautiful view of the valley and the mountains north of here.”
Back in Canada, they owned a farm with one square mile of land (1.5 sq. km). Their farm area was much bigger than the city center of Sumoto-city. Isn’t it wonderful that they left Canada, the second largest country in the world, to come all the way to the tiny island of Awaji in the very small and crowded country of Japan?
HP for “Shin-Ai International Preschool” → 本
                 
It’s such a cute preschool I wish my kids were much younger so they could enter the school. Should I wait for my grandchildren?
By POMPOKO


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2009年12月26日

あわじ暮らしいかがですか?8〜藤原伸隆さんの取組み〜

現在3市ある淡路島の中でも最も古くからの市であり、1番の都会(?)と思われがちな洲本市。実は市街地を少し離れると、緑豊かな山々に囲まれた土地がたくさんあります。
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今回訪れたのは、そんな洲本市の中川原町安坂に暮らし始めて9か月の藤原伸隆さん(35歳)です。
淡路の人気車、軽トラがお似合い!
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藤原さんはこれまで10数年間、大阪の電気メーカー傘下の商社で営業マンとして働いてきました。その魅力的なお話しぶりからも営業マン時代の活躍がうかがえますが、藤原さん自身はいつか独立したいという希望を持っていたといいます。
そして、独立して何をするのかと考えた時に、「これからは農業経営だ。それなら淡路だ。」と考えたそうです。それは、単に淡路の自然や肥えた土地だけを視点に入れた発想ではなく、淡路の過疎化を思い浮かべ、余った土地や家屋の有効利用をも考えての計画でした。

中川原に住むことになったのは、友人のつてでNPO法人・グリーンアースin淡路を知ったことからです。このNPOの活動拠点は代表の坂本和明さんのご実家周辺の畑。週末にはNPOのメンバーが農業体験を楽しもうと明石から集まります。
そのお隣の空き家の新住人となったのが藤原さんで、今ではグリーンアースin淡路の理事として、また里山景観管理責任者としても活躍しています。
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農業経営にあたっては、暮らし始めてすぐに農業協同組合の組合員になり、すでにレタスやチンゲンサイの供給も順調に進んでいます。また洲本市農業青年会(4H)という40歳以下の専業農家の会にも入会しており、そのメンバーや、集落のお年寄りなどからも親切な指導やアドバイスをもらうのだといいます。

もちろん教えてもらうばかりではありません。農業については全くゼロからの出発だった藤原さんですが、それが信じがたいほど、知識の広く深いこと!本やインターネットからの情報を元に研究を重ね、こうじ菌・納豆菌などの土着菌(竹林や畑に保有される)を利用した米ぬか・菜種油粕を発酵させた、独自の有機肥料を作っています。
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結果、チンゲン菜に関しては殺菌剤無しでの栽培が可能になりました。 
無農薬を好む消費者がいるのも事実ですが、採算性を考え、最低限の薬ですませ減農薬栽培を実践する藤原さん。この辺の考え方が実に現実的で、将来を見据えた若く頼もしい農業経営者という感じがします。
実際、このブログでこれまでに紹介させていただいた中でグンとお若い藤原さんですが、その頭の良さと意欲には感心させられます。また、集落や青年会などまわりで支えてくれている人々とのつながりを大切にしたいとのお気持についても同様です。
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スタートから3年後の農業生産法人化を目指し、春からはNPOの仲間、村上剛史さんの加入を予定。村上さんの淡路景観園芸学校卒業が待ち遠しいですね。
グリーンアースin淡路の村上さん、坂本さんと
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このように淡路で若い人たちが暮らし働くというのはありがたく嬉しいことです。もちろん大変な部分も多いのでしょうが、藤原さんは言います。
どんな仕事でもしんどい時もうまくいく時もある。日本の自給率や農村の過疎化を考えるのであれば、就農希望者をどんどん受け入れるべきだ。真剣にがんばる人もいれば、辞めていく人もいるかも知れないが、農業経営は決して高すぎるハードルではない。
あ〜、藤原さんのレタスやチンゲンサイを食べてみたくなりました。ドレッシングを持っておじゃましようかなぁ!?     
by ぽんぽこ

NPO法人・グリーンアースin淡路のHPは こちら


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2009年12月10日

あわじ暮らしいかがですか?7〜久林明男さん由紀子さんを訪問して〜

海と山、両方の景色が楽しめる淡路島。中でも、田舎の楽しさと街の便利さを兼ねた淡路市東浦が今回の訪問先です。久留麻在住、あわじ暮らし1年生の久林さんご夫妻にお話を伺いました。
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昨年まで東大阪で美容室を経営していたというおふたり。とても明るく気さくなのは、40年もの間、お客様とのコミュニケーションを大切にしながら仕事をしてきたからでしょうね。

取材中のお話しぶりもとても穏やかですが、その内容にも謙虚さが感じられます。あわじ暮らしについての質問にも、水道料金が高いこと以外、不満は全くないとのお返事。地元の人との会話を大切に、淡路独特の文化やしきたりを理解して溶け込んでいきたいと話されます。

この素晴らしい心がけ。それぞれ鹿児島県、三重県の出身のお2人が、田舎の暮らしにある程度の経験も知識を持つことも、その理由のひとつかも知れません。

そんな田舎を思いながらでしょうか、引退後はお2人でまた田舎でのんびりと暮らしたいと長年考えてきた、と振り返ります。2人の娘さんの子育ても終了した11年前からは、美容室の定休日には遊びを兼ねて、引退後のお2人の田舎暮らし先を下調べしてきました。
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瀬戸内地方、和歌山方面など回った中で、海や山の景色、温暖な気候、阪神間からの便利さから淡路島を選びました。特に東浦は、淡路島で立ち寄った魚屋さんの推薦だったとか。その段階ですでに地元の人とのコミュニケーションが取れていたのですね。
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そうして始まった久林さんのあわじ暮らしは今月で8ヵ月目に入ります。来島後まもなくウォーキング中に見つけた貸農園も、新しく借り始めた久林さんらの熱心な草むしりのおかげで見違えたと周りのお仲間も絶賛。お2人にとっては、無農薬の新鮮な野菜が食べられる野菜作りは最適な時間の過ごし方だとか。図書館通いや釣りと合わせ、健康的な日々を送っているようです。
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あわじ暮らしを検討中の方へのメッセージとして、由紀子さんは「日焼けや虫を気にせず、土いじりが楽しめること。」、明男さんは「好きというだけではなく、永住できるかどうか下調べをしっかりすること。」とお聞きしました。明男さんが付け加えた「決定権は妻が70%、夫は30%くらいがうまくいく。」という言葉も、ずっと夫婦で働いてきた経験からですね。
春に初めて種まきをした大根が収穫を待っています。
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これまでも地域へのお返しの気持ちを大事にして来た久林さんですが、これからは淡路の地域に入り、ご自分が持つ美容師の技術を生かしたボランティアにも力を入れたいといいます。ありがたいお心がけに、勝手ながら淡路島を代表して(!?)感謝します。これからもお2人仲よく、ご活躍を楽しみにしています。                
byぽんぽこ
 
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古民家や宅地を求める人が多いのですが、後のちのことを考えて、家ではなくマンションを借りたという久林さん。それも一つの選択だなと参考になりました。

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2009年12月02日

あわじ暮らしいかがですか?6〜Iさんご夫妻を訪ねて〜

赤に黄色・・みごとな紅葉のカーテンをすり抜けながら山道を爽快な気分でドライブ。今回の取材先は、淡路市岩屋、淡路島公園の近くに位置するIさん宅です。秋晴れの日差しと同じくらい優しい笑顔でIさん(72才)と奥様(66才)が迎えてくれました。
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Iさんご夫妻とこの地との出会いは約30年前。まったくの自然に囲まれたいという思いから、開発された分譲地ではなく、まさの山の中の一軒家を別荘として購入。

ご自身が経営する貿易会社の保養所として、また海外からのお客様を迎えての宿泊所として使ってきました。ホテルに泊まるよりずっと喜んでもらえる、とIさんがおっしゃるのもごもっとも。木々に囲まれたこんな環境の中でのお泊りなんて、誰だってワクワクするはず。何よりのおもてなしになりますよね。

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7年前には、引退を機にお家をバリアフリーに改築。お2人の本格的な淡路暮らしが始まりました。

相変わらず海外からのお客様を迎えたり、趣味の旅行に出かけたりと多忙なIさんたちですが、それ以上に忙しいのは庭の手入れです。驚くほど広いお庭ですが、それだけでなく、近くの公道のごみ拾いや草刈にも余念がありません。

Iさんのお話の中に出てきた「ボランティア精神の大切さ」という言葉。
自分の敷地だけではなく回り全体の環境を美しくという心がけは、まさに身をもっての実践、本当に頭が下がります。

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そんなIさんご夫妻が、フランス訪問の経験から提唱するのは「ツール・ド・淡路」です。
明石大橋にサイクリスト専用道をつけ、淡路の山の尾根伝いにサイクリング道を作り休憩できる店が開けば、もっと多くの人に安全にサイクリングを楽しんでもらえると。もちろんそれが淡路の活性化につながるのでしょうね。

そのためにも、その前にも必要なのはもうひとつのご提案「スマイル淡路」でしょうか?
「淡路の店や公共施設では笑顔で迎えられたことがない。」と奥様がこぼします。これが島国根性というもの?知らない人には警戒心が強いといわれる所以ですね。
 
また淡路で新しく住み始めた人たちへのケアやインフォメーションも少ないとのご指摘。
なるほど、「いなか暮らし応援」の活動をする私たちも反省すべき部分かも知れません。

先月訪れたクロアチアの民宿でのおもてなしの素晴らしさを振り返るIさんご夫妻。決して自慢げに話されるのではなく、自然と話題が海外へと広がっていく中で、本当にたくさんのアイデアが飛び出してきます。

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世界中を見てきたIさんご夫妻。 その中で淡路の環境が一番とおっしゃるのは嬉しい限りです。
淡路にはかなり珍しく貴重な存在のお2人ですが、新しい風をどんどん吹きこんでいただき、もっともっとお知恵を拝借したくなりました。

そして、私たち若い者(!?)がそのアイデアを生かせていかなくてなりませんね。
by ぽんぽこ


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2009年11月25日

あわじ暮らしいかがですか?5〜村河勝信さんを訪ねて〜

淡路島の最南端、丸山漁港が見下ろせる高台にある「晴海ヶ丘」を目指し、雨の中をドライブ。
普段北淡路や洲本界隈で見ている景色とは一味違った、南淡路の広々とした平野を過ぎて山道をどんどん進んで辿り着いた晴海ヶ丘。
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新しくておしゃれな家々のひとつに村河勝信さんのお宅を見つけました。手がかりは1台の軽トラック。
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それもそのはず、別荘として建てられた家がほとんどという中で、村河さんはこの土地に腰をすえ農業に取り組もうとしているのです。玄関まわりには軽トラ以外に農作業道具が整理して置かれています。

農家さんらしくないけど、この家の住人はいったい・・?と興味を持たずにはいられません。
そんな私たちを出迎えてくださった村河さん、確かに農家のおじさんらしくはないけれど、お話を聞くにつれ、就農への思い、あわじ暮らしへの想いが伝わってきました。
仁美さんの作品の横で
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村河さんの温かでもあり簡潔であるお話ぶりから、企業での現役時代はさぞかし部下に慕われ活躍された方だろうと想像できますが、ご本人は違った言い方をされます。
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「農業というよりも、自給自足の暮らしがしたいと思い続けてきた。」デスクワークを続ける中で、人に頼んで何かをやってもらうことが多く、自分の「手」でものを作り出す技術を持たずに来た、とサラリーマン時代を振り返ります。

定年後は「自給自足」の夢をかなえるべく、釣りでたびたび訪れた中で最も気に入っていた南淡路に家を建てて移り住み、現在、農業研修を受けながらご近所の造園業者さんから借りた農地で野菜作りに取り組んでいます。

このような研修を受けることが出来るようになったのは、昨夏大阪で開かれた「新就農フェア」がきっかけだったそうです。兵庫県の機関である「兵庫県農業会議」では求人も行っていて、農業に就きたい人に研修先を紹介してくれるということで、村河さんもその支援を受けての就農でした。

初めに借りた畑300uには大根、ブロッコリー、葉野菜など多種の野菜が栽培されています。自給自足には十分すぎるくらいに見えますが、村河さんの夢はさらに広がります。最近新たに借りた900uの土地では直売所に出すための野菜を作りたいと、大きな機械を使わず、まさに自分の手で耕しながら更なる夢への準備に取りかかっています。
研修先の農家の方からの丁寧な指導はもちろん、まわりの方々にも支えられえ、畑は立派な姿に!DSCF3922.JPG
ところで村河さんのご家族は?とお聞きしたところ、奥様の仁美さんは普段西宮でお母さんの介護をされていて、月に1度淡路へ来られるとのこと。淡路の一番南に住みながらも、今までに取材した方々と同じように、淡路と阪神間の近さを魅力のひとつとして捉えているようです。

ご夫婦でも、普段はお互い自分の場所で自分のしたいことやすべきことに取り組むというライフスタイルもありか、とヒントをひとつ頂いた思いです。

次回奥様が淡路の家に帰って来られた時に、2ヶ所目の畑で、進み具合を自慢げに見せている村河さんの姿を思い浮かべながら、帰途に着きました。
by ぽんぽこ


*村河さんご夫妻がパネリストとして参加!
「スローライフ・フォーラム」12月4日(金)14:00〜16:30 
南あわじ市「サンライズ淡路」で開催

詳しくはhttp://www.slowlife-japan.jp/まで

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2009年11月11日

あわじ暮らし、いかがですか?4 〜カフェ「イー・アイ」を訪問して〜

まちに入ったとたんに広がる香り。線香のまち・江井にある黄色いログハウス、カフェ「イー・アイ」を訪問しました。
「イー・アイ」は「海のそばで田舎暮らしがしたい」と大阪から移住した山口雅彦さん・旬子さん夫妻が経営するカフェです。
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カフェの入り口に立つと、道を挟んだ向こう側に江井の古い町並みとその後ろに海の景色が見え、思わず「うわぁ〜!」と声が出ます。
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オーナーの雅彦さん(63才)とかわいい笑顔の旬子(55才)さんのお出迎えで入った
店内では、ちょうど地元の写真家さんの遺作展が開催中。おしゃれな空間でありながらどこか懐かしく、心が落ち着く雰囲気が漂っていました。
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雅彦さんは経済産業省を早期退職し、徳島や和歌山、日本海などに出向き、第2の人生の場所を探し回りました。結果、この淡路の土地を選んだのは、大阪に残るお父様に会いに行く際の交通の利便性が大きな要因だったといいます。
2006年夏のカフェオープンからの3年間、毎週のように江井と高槻を行き来してきましたが、それほど不便を感じなかったご様子です。

沖縄県那覇出身の旬子さんも「都会育ちの私にとって、自然いっぱいの淡路は第二のふるさと」といいます。どこに行っても早く淡路へ帰ろうと思うくらいだとか。

お二人がカフェを開いたのは、大掛かりなことをするのではなく自分たちにできることをという発想から来ています。
はじめは、こんな所で喫茶店なんてはつぶれるぞ、と言われたようですが、今では「地元の芸術家さんとの交流地点に」というお2人の願いがかなって多くの人々に愛されるカフェとなっています。

これまでにも写真や絵画、陶芸・染色作品、そして書道展など地元の人たちのさまざまな芸術作品が広々とした店内に飾られてきました。また多くの音楽家の方々や地元の人々が集まっての音楽会も好評です。
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お客さんからの「差し入れ」
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ちょうど取材時に来られた常連さん、山崎重行さん(92才)も江井の芸術家のひとり。漁師を引退後に始めた書道の腕前はなんと三段。カフェに立ち寄ったお客さんが山崎さんの作品を買いたいと言い出したのも、このギャラリーでのご縁があってのことですね。

最後に「田舎暮らし」について、最初から大きなことを考えて計画倒れにならないように、自分に何ができるかを考え、見通しをたてから始めるほうがよいとのアドバイスをいただきました。
カフェ イー・アイ 淡路市江井2712‐3 Tel:0799−86−0086
  
*おだやかでお話の上手な山口さんとおしゃべりに花が咲いて、いただいたケーキセットの写真を撮り忘れてしまいました。次回はお勧めの「淡路さんちの玉ねぎ・1個丸ごとスープ」を食べに行こうっと!
by ぽんぽこ


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2009年10月30日

あわじ暮らし、いかがですか?3〜ペンションモーニングアイランドを訪問〜

今回は淡路市池ノ内の緑豊かな山あいにある、ペンション「モーニングアイランド」を訪問しました。オーナーの関治さん(60才)&美恵子(59才)さんご夫妻が「海の見える場所」として選んだのがこの場所です。
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関さん夫妻が淡路島でペンションをオープンしたのは1983年。今年で26年になります。
お2人は西宮でそれぞれコンピューター会社のシステムエンジニア、保育園の保母さんをしていましたが、治さんが30才の時に岡山県牛窓のペンションを訪れたのがきっかけで「ペンション経営」を考え始めました。

毎晩遅くまでの会社勤め、「ボ〜っとしたり、自由に暮らしたい。」、「子どもと一緒にすごす時間が欲しい。」そんな思いを持った、治さん。当時読んだアルビントフラーの著書「第三の波」にも影響を受け、「これからはコンピューターの仕事なら田舎にいてもできるのでは・・・。」と考えたそうです。

とはいえ当時は子育て真っ最中。美恵子さんは大きなおなかを抱えての準備期間を経て、ペンションオープンにこぎつけたのが、3人目の子どもが生まれる4ヶ月前でした。
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「何とかなるわ」と治さんとがんばってきた美恵子さんは、3人の子育てを通して友人知人のネットワークを広げ、ボランティア活動など地元への貢献度はピカイチ。淡路各地に知り合いがいて、淡路出身かとよく聞かれるくらいです。明るく気さくな関一家は今では地元のみならず淡路島内でもかなりの有名人です。

「子育てしながらがんばってきたのがよかった。」と振り返るお2人。仕事が忙しくて学校行事などにも十分に参加できなかったけれど、親が働く姿を見せてきたのもよかったのかも、と今年生まれた初孫「敬斗くん」を抱いて笑顔を見せます。

敬斗くんのママ、長女の真美奈さんは進学で淡路を離れた後、「やっぱり淡路に住みたい」と淡路市で保育士さんになりました。ニ女の恵理奈さんもタレント業と主婦業の合間を縫って大好きな淡路へ度々帰省。動物関係の仕事をしている長男の拓真さんはペンションと同じもうすぐ26才。そのうち淡路に戻り犬、猫、ウサギやアヒル・・・動物いっぱいのペンションの後継者になりそうです。
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淡路に親戚ができ、家族が増えたことが嬉しい!(還暦のお祝い会)
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美恵子さん手作りのシフォンケーキはFANクラブのイベントで習ったもの。
「ペンション」とは元々「年金」を意味し、引退した後に年金暮らしをしながら経営するのが本来のようです。還暦を迎え、そろそろそんなお年頃の関さんご夫妻。
若い時から田舎暮らしを始め、コンピューターの仕事をしながらのペンション経営。「二足のわらじ」のご苦労も語ってくれましたが、お二人が作り上げてきた現在の暮らしは多くの人に夢を与えることと確信して取材を終えました。


*おまけ
今回の取材先は我が家から歩いて5分。20年来のご近所さんで、取材に行かなくても書けるのではと思ったほどですが、改めてお2人の歴史を聞き文章に仕上げようとするとなぜかウルウル。こんなステキな家族が淡路に住み「淡路へのお客さま」をもてなす・・・とても嬉しく誇りにも思います。
by ぽんぽこ


モーニングアイランドの地図(地図の下の<詳しい地図で見る>をクリックするとお好きな縮尺でご覧になれます)


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2009年10月17日

あわじ暮らし、いかがですか?-2- 〜Tさんご夫妻を訪問〜

台風一過、素晴らしい秋晴れの先日、Tさんご夫妻を訪問しました。
Tさんのお家は淡路市里、「海平の郷」にあります。

毎日近くの国道を何度となく利用するのに、「海平の郷」は名前を聞いたことしかない私。途中まで迎えに来てもらってやっと辿り着いた、山の上の、上!
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そこには「ここはホントに淡路!?」といいたくなるような手入れの行き届いた里山。
美しい木々とさわやかな風が、やさしい笑顔のお二人とともに私を迎えてくれました。

Tさんが、淡路のこの土地に家を建てたのは1996年。
もともと釣り好きのご主人、淡路のいたる所へ出掛けた経験と、淡路の人のアドバイスから、今の場所を見学に来られました。
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「とにかくここは景色がいいんですよ。」と案内してくれたベランダへ出て思わず歓声。
海が見える!その横には稲刈り作業の終わった田圃の風景・・・心がすっと落ち着く気がします。

こんな景色を見てしまったら、「ここに住みたい!」と思うのはTさんばかりではありませんよ。充分に共感できます!

でも、淡路暮らし、田舎暮らしを考えてはみるものの、いざとなると心配する人も多いはず。
Tさんとのお話の中でも、自然と話題になるのは、多くの人がまず心配する交通、医療、文化の面です。
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元ピアノの先生をされていた奥さまは、『それほど心配しなくても大丈夫。車があれば便利だけど、タクシーをうまく使っている人もいますよ』と。

元製薬会社の研究者だったご主人は、現役時代は週末だけを奥様と淡路で過ごしていました。退職後に引っ越してからも週に数日は阪神間へお勤めしたり、海外への出張も。
それでも、ここからは神戸まで近いし、結構便利ですよ。遅くなっても淡路へ帰ってくるとホッとする、と。

また、医療に関しても、どこにいても不安は同じ、むしろ淡路の開業医さんのレベルは高いし、医療サービスも充実していると太鼓判。

そして、お二人が口を合わせて絶賛するのは、御食国「淡路」の海の幸や山の幸。
漁師さんから学び今では大物釣りもお得意だったり、おいしい湧水を取りに出かけたり、農家の人からお米を分けてもらったり、庭にはブルーベリー、レモン、八朔など果物の木も・・・。

けれど、これは淡路に住む誰もが、じっとしていて出来ることではありません。
時に尻込みしてしまいがちな近所付き合いや人との交流を、難なくやってのけてしまうお二人のお人柄の良さの賜物です。
笑いながら「食いしん坊だからですよ。」とおっしゃいますが・・・。

*Tさん宅到着からおいとままでは、実に2時間。次々に話題が広がり、とっても楽しい時間を過ごさせてもらいました。
奥さま手作りのお菓子にお茶。
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2杯目のコーヒーはお二人で、3杯目のお茶はご主人が入れてくれました。
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(いつか私と夫もこんなおだやかな夫婦になれるのかしら・・・by ぽんぽこ

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2009年10月13日

「あわじ暮らし」に興味のある方が、農業体験に参加!

去る9月26日(土)JR三宮駅南側円形広場にて開設された「ひょうご田舎暮らし・臨時相談所」に立ち寄られた方で、特に「あわじ暮らし」を希望されており、あわじFANクラブ主催イベント「稲刈りをしよう」(10/4開催)に参加されました。

マイカーを所有していないということで、舞子から高速バスに乗り、洲本IC下車。NPOスタッフが出迎えました。お独り暮らしで、ご両親も既に他界され、現在は●●関連のデスクワークで毎日長時間パソコン画面と格闘しているとか・・・

ふと、このままで年をとっていいのだろうか?・・・元気なうち(年齢的)に農業を学び、将来的に田舎(淡路島)で農業をして暮らすことは出来ないだろうか?・・・ということで、まずは農業体験イベントから参加することになりました。

他の親子連れの参加者に交じって、大奮闘!!いい汗をたっぷりと流しましたよ。体験圃場の小林農園では、既に田舎暮らし先輩が研修生として働いています。農作業の合間に、その先輩からも色々とアドバイスを受ける時間も持てました。
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2〜3時間の短い滞在でしたが、田舎の空気と農業の実体験、そして地元の人と本音で交流できたようです。「とっても参考になりました。また来ます!」笑顔でバスに乗り込まれました。

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posted by awajigurashi at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 淡路に移り住んだ人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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