2013年03月09日

歴史・文化・景観「阿万の魅力を歩いて語ろう!」

「てくてくウォーキング パート2」で
国立淡路青少年交流の家に集合し、地元ガイドの案内で阿万海岸付近を散策。

青年の家から見る阿万海岸。
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「この辺は、松林であった」

地元からの参加者は、松林に畑ができ、家が建ちと様変わりしていく風景をみてきたと言う。
幼い頃は、松露(ショウロ:東洋のトリュフといわれている)をよく食べたんだって!
春と秋のお彼岸の頃に採れるそうな・・・

昔はウミガメも数多く生息していて、大切に扱っていた。
陸に上がってきたカメには酒を与え、死んだカメは「お亀塚」に祀った。

西行法師の石碑
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青年の家の駐車場奥にある。
地元の人でも気がついている人は少ないようで、
「幼い頃、松林で遊んだ思い出は一杯あるが、今日初めて西行法師の歌碑を見た」と嬉しそう。

その後は、狭い路地に昔の石積みの塀が残る風情のある町家を歩き
長尾山金剛寺へ。

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長尾山は両社宮で、天照大神・蛭子大神を祀る。
聖徳太子堂もあり、木工や建築職人が太子講を結成していたそうな・・・

祭りに欠かせない「だんじり」が入っている大きな倉庫。
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この日は特別に「みずひき」を見せてもらう。
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見事な刺繍で「一ノ谷の戦い」が描かれている。
首塚で有名な、平敦盛の勇姿がことさら鮮やかに見える。
祭りの時は、太鼓台にこの「みずひき」を巻くのだという。

次は、百軒掘り付近。一面にレタス畑が拡がる。
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「この平野は、昔は海だった」

地震により土地が隆起し島や半島と繋がったのだという。
昔の人達が手作業で水路を築き農地をつくりあげてきた。
天井川となっており、災害時の水没が心配ではあるが・・・

今では、秋〜春穫りレタスの西日本最大の産地にまで成長した淡路島。
その豊かな土壌にも天変地異を含む歴史があってのこと・・・

収穫作業に追われるレタス畑を歩き、農家のすぐそばにある社を見学。

西之宮大明神。
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祭神は、天照大神・八幡大神・春日大神。
創建は古く、老朽甚だしい所は改築されている。
大鳥居の新しさにちょっと違和感を感じる。

苔むした力石は、永く誰も持ち上げていないようだ。
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江戸時代から明治時代にかけては
力石を用いた力試しが日本全国の村や町でごく普通に行われていた。

古に想いを馳せながらも
目の前に拡がるレタス畑と、元気な若手後継者の姿に未来を感じる地域。
この辺の集落は15軒で淡路島農協のレタス生産高の一割を担うという・・・

淡路島でも地域により歴史も産業も違うのだと改めて感じた半日だったわーい(嬉しい顔)











posted by awajigurashi at 21:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 淡路の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
四日市大学にて体育史学の立場から力石を研究する者です。http://web.pref.hyogo.lg.jp/aw01/documents/000106757.pdfに記載の力石について御教示、御協力をいただきたいのですが、一度メールで連絡いただけないでしょうか、
Posted by 高島 at 2014年12月21日 15:39
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